すばらしい

YAHOOに俳優の柴田理恵さんの記事が出てました。ちなみに、富山の有名人といえば、柴田理恵さんと立川志の輔師匠、室井滋さん、ですよね。 

昨年、お母さまが95歳でお亡くなりになられ、それまでお母さまにどのように寄り添ってこられたかが綴られていました。

私ごときが恐縮ですが書かせて下さい。率直に「すばらしい」と思いました。ヘルパー等専門職の手も借りつつ、ご親戚やご近所の方も支援されていたとのこと。ご多忙の中、柴田さん自身も頻繁にお母さまに会いに帰省していたとのこと。何よりすごいのが、お母さまの意思をできる限り尊重されたこと。言い難いこともしっかり伝え、本人にリスクを理解させた上で、本人の意思のとおり生活させてあげたこと。ここまでのことは、身内でないと中々できません。医療関係者や福祉関係者、後見人では難しいだろうな。お母さん、幸せだったと思います。

 

他にも良い点が。ご親戚やご近所の方も支援されていたとのこと。これって、元気だった頃にご親戚やご近所の方と積極的に、良好に交流していたからできるんです。柴田さんも、受けたご厚意に対して、しっかりと感謝の意を表現していたんじゃないでしょうか。ヘルパー等専門職の手を借りたことも素晴らしい。責任感で、自分の生活を台無しにして一人で頑張っておられる方もいますが、私はあまり賛同できません。連れ合いだろうと子供さんだろうと、あなたの人生があるんだから。何もしないのはどうかと思いますが、できることをする、それが大事なんです。足りないところは積極的に周りの手を借りるべきです。ちなみに、専門職の方も、商売の枠を超えて、本当に一生懸命やられていますので、感謝の意を忘れないくださいね。

 

中には、ヘルパーなんて嫌い、デーサービスなんか行きたくない、なんて方もいます。それに対して、批判覚悟で言いますが、認知症の方は、様々な原因により認知機能が低下している、これは事実なんです。一から十まで全部受け入れていたら、こっちの身が持ちませんよ。そのせいか、認知症の奥さんを看ていた旦那さんが、旦那さんを看ていた奥さんが先に逝ってしまうなんて話をよく聞きます。

また、もし正常だったら、ご本人はどう思っていたでしょうか。大事な旦那さんが、奥さんが、お子さんが困っている、疲弊している顔を見たいでしょうか。みんな生身の人間です。いくら家族でも、何でもわがままを聞いていたら、この野郎と思ってしまうこともあるでしょう。大切に思うんだったら、偽りのない笑顔で会いませんか。

 

身内が認知症だと認めたくない方がいます。でもね、事実を事実と認めることが、感情のコントロールに寄与し、良好な関係の維持に役立つこともあるんです。認知症だから言ってるんだ、と思えば我慢できませんか。また、認知症になることは恥ずかしいことではない。受け入れ難い方は物忘れの延長くらいに思っていればいいんです。自分だって「〇〇どこ置いたっけ」なんてことあるでしょ。

 

みんなで手を取り合って、ネットワークで対応されていたように思いました。これって実は、裁判所や厚労省が言っている望ましい形なんです。

こんな対応ができればいいなぁ、本当に思いました。最後に、見返りのために何しろという訳ではありませんが、あなたが行う良いことも悪いことも、ブーメランで返ってくるんですよ。

   

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です